加速する時間(後編)

みなさま、こんばんは。チャージック代表の大嶋です。

 

 

 

本日は「スポーツ/エンタメ業」の未来予想と、新型ウイルスによる環境変化が引き起こすその他の未来予想のうち、僕が個人的に今までの考え方や価値観を180度ひっくり返された「住居」というものの未来について考えてみたいと思います。

 

 

 

ブログVol.12予期せぬ環境変化への対応 から1カ月以上経ちましたが、この間に更なる環境変化が起きており、現在は経済活動がボロボロの状態になっています。緊急事態宣言も延長になりましたが、フェーズとして6月以降は積極的に経済をまわしていかざるを得ないのでないかと思っています。

 

 

 

「スポーツ/エンタメ業」と「住居」の未来については、前回からの流れで本日ブログを書いていますが、基本的にはチャージックには関係ないですし、自分で言うのもなんですが、のんきに他業種の未来予想なんかしている場合じゃないです!

 

 

 

だがしかし、本日もつらつらと書かせていただきます。恐れ入ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

まず「スポーツ/エンタメ業」なのですが、ジャンルも多いので、本日は僕の好きな格闘技の未来予想を「格闘技観戦(プロレス含む)」という観客側の視点でさせていただきます。

 

 

 

まず、格闘技観戦はいわゆる三密(密集、密接、密室)に当てはまりますので、今後は無観客試合というものが大半になってくるのかなと思います。

 

 

 

無観客試合と言えば、1987.10.4巌流島 アントニオ猪木vsマサ斎藤の一戦をどうしても連想してしまいますが、先月4月17日、新型ウイルス流行のなか「Road to ONE」という格闘技興行が「無観客」で開催されました。

Road to ONEは、久しぶりの格闘技の試合という事もあり、僕もABEMAで観戦させていただきました。ちなみにメインは青木真也選手対世羅智茂選手のグラップリングマッチでした。ルールは10分1R、タイムアップの場合は判定無しのドローというものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合内容は、世羅選手がいきなりグラウンドに誘う形からはじまり、青木選手はハーフガードの状態からガードに入るとそのままケージに押し込んでいく展開になりました。

 

 

上の状態にいる青木選手は世羅選手の手首を握って試合をコントロールしていましたが、世羅選手のクローズガードが固く、膠着状態になります。

 

 

 

そして、試合時間も残りわずかとなったところで世羅選手が青木選手の右足を取りにいきます。しかし青木選手が逃げるとまたも世羅選手はガードポジションになります。

 

 

 

ここから世羅選手は腕十字を狙いますが、また青木選手にかわされます。世羅選手は続けざまにヒザ十字を仕掛けますが、これもしのいだ青木選手が上を取ってケージに押し込むと世羅選手は再度クローズドガードになります。

 

 

 

このまま青木選手が上で抑え込んだ状態で試合が終了。決着はつかずドロー判定となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

試合の感想として、「膠着状態が長かったな(見せ場が少なかったな)」と思いましたが、そもそもこの試合は選手双方のグラップリング技術が高すぎて、僕などは見てもその凄さがよく分からないのです。

 

 

 

ですので、試合後の選手コメントや技術解説などを確認した上でもう一度試合を見ました。

 

 

 

今回の試合はMMA(総合格闘技)と柔術のグラップリング(寝技)の考え方やそれぞれの競技における有効ポイントの付け方が異なるがゆえに、膠着したというか、かみ合わない試合になったようです。

 

 

 

両選手とも試合後コメントの歯切れはよくありませんでしたが、それでもそのような背景を含めて楽しませていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回のONEのように、試合さえあれば僕のように楽しんで見る人はいますので、今後もたとえ無観客でもやって欲しいと思います。

 

 

 

また、僕は選手コメントや技術を理解した方の解説なども毎回楽しみにしていますし、更には選手がどのような想いでその試合に臨んでいるかというストーリーが大好きです。

 

 

 

少し話がそれますが、そもそもストーリーが好きなのでプロレスも結構好きです。最近は見る機会がないのですが、僕の少年時代はプロレスのTV放送をしていましたし、よく見ていました。

 

 

 

その後、1990年代に入ってK-1やPRIDEが出てきて、2000年代はじめに格闘技ブームが起こるのですが、大みそか民放3局が格闘技中継を行い、凄い盛り上がりをみせていました。懐かしいですね。

 

 

 

当時を振り返ると、PRIDEはじめ格闘技と呼ばれていたものはプロレス要素も多かったなと思いますし、僕も現在UFCやBallator、海外ボクシングなんかを頻繁にみているわけではありませんので、本質的にはプロレス好きなのかもしれません。

 

 

 

プロレスには基本的にストーリーがあります。それが脚本であれ、ときに本気であれ、ストーリーが素晴らしいとファンは熱狂するのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに、ストーリーは言い替えれば、その選手自身であり、その選手の歴史だと思っています。

 

 

 

その試合までに、どのような経験をして、どのような思いをしてきたのか。そもそも、その選手をつくりあげてきたものは何なのか。どのような感情で試合にのぞむのだろうか。

 

 

 

ストーリー性の高い選手は魅力的ですし、感情移入できます。

 

 

 

そして、これは格闘技に限ったことではありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は2014年から3年間、国内のビジネススクールに通っていたのですが、講義の1つに「リーダーシップ論」がありました。

 

 

 

内容はリーダーシップは後天的なものであるという前提で、歴史上のリーダーの生い立ちや経験を振り返るというようなものです。

 

 

 

その歴史上のリーダーの1人に、南アフリカ共和国第8代大統領のネルソン・マンデラがいました。

 

 

 

彼は、若くして反アパルトヘイト運動に身を投じ、1964年に国家反逆罪で終身刑の判決を受けます。その後27年間に及ぶ獄中生活の後、アフリカ民族会議(ANC)の議長に就任し、アパルトヘイト撤廃に尽力してノーベル平和賞をもらうというような方です。

 

 

 

講義を受けながら、「リーダーシップが後天的なものであれば、マンデラの27年間の投獄経験を凝縮したものをビデオやVRで深く疑似体験することで、僕の中にも幾ばくかはマンデラの思想・行動がインストールされるのだろうか?」というような事をぼんやりと考えていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

前置きが長くなりましたが、改めて格闘技の未来予想をさせていただきます。

 

 

 

まず前提として、無観客試合が大半になるという事がありますので、放映権料や広告料は残ると思いますが、観戦チケットや会場物販での収益は今後期待できなくなります。

 

 

 

そして、この無くなる「格闘技観戦」の本質は、「周辺価値の集合体」だと思っています。

 

 

 

順を追って説明しますが、例えば「格闘技観戦」と一口に言っても、来ている方々の目的はそれぞれです。

 

 

 

ジムに所属している選手を応援に来ているジム生。選手の身内・友人の方々。自身も選手としてやっていて偵察も兼ねて来ている方。特定の選手のファン。選手を生で見たい人。お祭り気分を味わいたい人。経験として会場に足を運んでみたかった人。その格闘競技自体が好きな人。・・・

 

 

 

また、「その格闘競技自体が好きな人」と言っても、僕のように技術論はあまり分からないけど選手のストーリーを見ている人や、技術自体を純粋にみている人、競技の雰囲気・所作が好きな人など様々です。

 

 

 

これはプロ野球で例えるとよりわかり易いのですが、例えば福岡PayPayドームに野球観戦に来ている方々をイメージしてみてください。

 

 

 

バックネット裏で見ている方、ファミリー席で見ている家族連れ、カップルシートで見ているカップル、球団の応援団、スーパーシートで見ている方々、内野席、外野席 ・・・などなど。

 

 

 

 

野球観戦に来ている方々は基本的に野球を見に来ているはずです。

 

 

 

 

ただ、観戦に来ている方々が純粋に野球だけを目的に来ているかというと、そうでは無いと思います。そもそも、外野席などはほとんど選手の動きは見えません。

 

 

 

つまり、格闘技観戦も野球観戦も、本来のプロ競技者の技術を楽しむという価値以外の周辺価値が極めて大きくて多様であるがゆえに、大衆をとらえることができますし、大きなビジネスになりやすく、なってきたと言えるのでないかと思います。

 

 

 

そして、今後は格闘技観戦も野球観戦も基本的には無観客試合によって無くなってしまうのです。

 

 

 

これは、ビッグビジネスとしての可能性を根底からくつがえすような出来事だと思いますし、今までの延長線上に解決策があるようなものでは無いと思います。

 

 

 

つまり、無観客試合になるという事は、大部分の周辺価値が無くなることを意味しますし、本当にビジネスの側面としてはとんでもない事なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はもともと、本質的価値と幾多の周辺価値から構成されている産業は、その周辺価値が小さくなり、本質的価値が細分化され個別最適化していく流れにあると思っています。

 

 

 

チャージックは食の本質的価値の1つである栄養素に特化したもので、人々の摂取栄養素を個別最適化することを目標にしていますが、将来的にはとても大きな市場になると思っています。

 

 

 

これから大きな市場となるものは、前提として人間にとって極めて普遍的な概念である必要があると思います。

(参考 ブログVol.01 食の価値変化)

 

 

 

インターネットと1人1台スマホを持っている時代に、昭和の時代に言われるような「巨人、大鵬、玉子焼き」のようなマスの市場概念はなく、あるとするのであれば「健康(栄養、身体づくり)、環境、コミュニケーション、・・・他」などの人間として普遍的なことでしか大きな市場概念は存在できないと思っているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

少し回りくどかったですが、そのような事情を踏まえて格闘技の未来を想像します。

 

 

 

まず結論から言いますと、格闘技の未来は下記の2つの方法を磨き上げるようになると思います。

 

 

 

 

① : 周辺価値を失う事による本質的価値の磨きこみ

 

② : 人間にとって普遍的な概念を提供すること

 

 

 

 

まず1つ目の「周辺価値を失う事による本質的価値の磨きこみ」から説明しますが、先述したように無観客になることで多くの周辺価値が失われていくと予想されます。

 

 

 

つまり、残った本質的価値を磨くしかないという話です。

 

 

 

格闘技と一口に言ってもジャンルも多いのですが、基本的には競技ですので、本質的価値は勝敗であり、その勝敗を左右する選手の技術・体力・精神力にあります。

 

 

 

この本質的価値である「選手の技術・体力・精神力」を顧客に合わせて細分化し最適化するコンテンツ提供が1つ目の方法という事になります。

 

 

 

このコンテンツイメージは、選手自身による試合解説を選手の視野角を含んだ形で行うようなものです。もちろん、試合中はできませんので、このコンテンツは試合とその後の選手解説(ファシリテーター含む)をパッケージとして販売するようになります。

 

 

 

4月17日に行われたONEの試合もそうなのですが、一流選手同士の試合は技術レベルが高すぎて大半の人は見ていても技術面の攻防は理解できていないと思います。

 

 

 

最近では、格闘技選手もユーチューブを次々と開設していますが、先日K-1の久保選手が試合を振り返りながら技術解説をしてくれていました。技術論という観点からは、めちゃくちゃ良い動画です。

このような技術解説に選手の視野角(実際に選手に見えているもの)を加えたいのですが、正直これはまだ技術的に出来ていません(2020年5月9日現在)。

 

 

 

2011年に公開された映画『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』で、カメラ機能付きのコンタクトレンズが登場しますが、このような技術が待ち望まれるところです。

 

https://www.esquire.com/jp/lifestyle/tech/a28602756/robotic-contact-lens-190805/

 

https://wired.jp/2020/01/18/mojo-vision-smart-contact-lens/

 

 

 

とりあえずは、選手の耳のあたりに試合自体に影響しないレベルの小型カメラをつけて選手視野に近い形のものでもこの際良いです。現在あるウェアラブルカメラがもう少し頑張ればできそうな気がします。頑張って欲しい。

 

 

 

要するに、1つ目の方法である「選手の技術・体力・精神力」を顧客に合わせて細分化し最適化するコンテンツ提供というのは、試合映像と選手視野角映像での選手解説をセットで販売するものです。

 

 

 

なんともざっくりしていて恐縮ですが、このようなイメージです。

視聴者もいろいろなニーズがありますので、ニーズに合わせて幾つかパターンがあれば良いと思います。画面数は多くなりますので、切り替えや拡大縮小はスムーズに行われる必要があります。

 

 

 

ちなみに昔、レフェリー視点でのカメラ映像がありましたが、これは一般的なファンには不要と思います(きっぱり)。

 

 

 

この「選手の解説」の良さを、先日見た朝倉海選手のYouTubeで改めて実感しました。内容としてはプロレスですが、お時間ある方はぜひ後半の朝倉選手の試合振り返りも含めて見てみてください。

また、このような選手視野での選手解説が行われると、選手同士の技術分析がとても容易に行われるようになります。

 

 

 

この点に関しては賛否あるかと思いますが、僕は競技全体としては技術向上にもなりますし、一段階上の駆け引きがあるようになると思いますので、競技としては良いと思っています。

 

 

 

どちらにしても、強い選手は強いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に、2つ目の「人間にとって普遍的な概念を提供すること」を説明します。

 

 

 

先述しましたが、これからの時代は人間として普遍的なことしか大きな市場概念は存在できないと思っています。

 

 

 

格闘技は、好きな人もいれば全く興味のない人もいる嗜好性の高いものです。

 

 

 

1つ目の「試合と選手視野角での選手解説をセットで販売するもの」などは、興味のある人は高額でも購入しますが、興味のない人は100円でも購入しないでしょう。感覚的に言えば、狭く深い打ち手です。

 

 

 

そして、1つ目が狭く深くならば、2つ目は広く浅くというようになります。

 

 

 

つまり、2つ目の「人間にとって普遍的な概念を提供すること」とは、全ての人が興味を持つようなコンテンツを提供していくという事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

人間として普遍的なことの例として、「健康(栄養、身体づくり)、環境、コミュニケーション、他」と先述しましたが、他にもまだまだたくさんあります。

 

 

 

2つ目の提案は、人間として普遍的な「挑戦、成長、幸福論」という領域で格闘技というフィルターを通したコンテンツ提供ができれば良いなと思います。

 

 

 

具体的に言いますと、選手にスポットを当てたストーリーをコンテンツとして販売するというものです。

 

 

 

もちろん、選手のストーリーを映像化したものは今までも数多くあります。ちなみに、僕はキックボクシングを習っていた頃に魔娑斗選手と爆腕・大月晴明選手のDVDを持っていました。

 

 

 

そして、今までにリリースされているDVDにも「挑戦、成長、幸福論」などの人間の普遍的な要素は詰まっています。

 

 

 

ただこれからはファンの為だけのものではなく、全ての人々に「挑戦、成長、幸福論」をはじめとする人生においてとても大切なものを提供するように、まずコンテンツ提供側が意識を変えて取り組んでいくことが大事であると思っています。

 

 

 

そして、格闘技にはそれを十分可能にするだけの存在理由がそもそもあると思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで格闘技を少し俯瞰してみます。

 

 

 

言うまでもなく、格闘技のように人と人が殴り合ったり、投げたり、極めたりするようなことは日常生活ではありません。これはその他の競技でもほぼ同じようなことが言えます。

 

 

 

ただ一方で暴行傷害事件などというものはありますし、街中で喧嘩をする人たちも一部とはいえ存在します。また、子供の頃にお友だちと取っ組み合いのケンカをした経験のある人も多いと思います。

 

 

 

街中を歩いていて、いきなり野球に巻き込まれることはありませんが、殴り合いの喧嘩に巻き込まれる可能性はゼロではありません。

 

 

 

もちろん、喧嘩と格闘技は異なるものですが、殴り合うというような共通の要素を持っていることもまた事実です。

 

 

 

格闘技は非日常な存在ではありますが、日常にその要素が出現するかもしれないという「非日常と日常の狭間」という不思議な空間を含んだ存在のように思えるのです。

 

 

 

 

また、格闘技は基本的に1対1で行う競技ですし、勝敗もKOや一本などきわめてわかり易い場合で決着することが多い為、ルールを知らない方にも結果はわかりやすいものです。

 

 

 

そのわかりやすい結果として、圧倒的な努力や根性といったものが圧倒的なフィジカル(身体能力)に打ちのめされる場面や、万雷の応援が何の後押しにもならずに虚しくそして悲痛な叫びに変わるという場面にもしばしば遭遇します。

 

 

 

映画やドラマにあるように、誰しも努力が実を結ぶシーンは好きですし、根性や精神力で困難を乗り越えていく様は応援したくなります。

 

 

 

男の子はヒーローに憧れますし、ヒーローは最後には勝つものとして存在します。また、物語のハッピーエンドは誰しもが幸せな気分になるのではないでしょうか。

 

 

 

ただ、映画やドラマは非日常であり、日常である現実が必ずしもそうでは無いことは誰しもが知っているはずです。

 

 

 

そして格闘技は、その結果をして日常である現実を知らしめているように思えるのです。

 

 

 

僕が格闘技を好きな理由は、「非日常と日常の狭間にある超リアル」という歪んだ空間をそこに感じるからであり、その格闘技のもつ歪んだ空間は競技という非日常を超えたところで、日常にある現実をどのように生きていくべきかといった最適な教材になるのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

次に2つ目の提案の「選手にスポットを当てたストーリーをコンテンツとして販売する」というもののイメージですが、1つ目の技術解説よろしく選手視野角での試合映像を挟みながら、試合のみならずその前後の時間も含めコンテンツ提供するものです。

 

 

 

今までも同じようなコンテンツはあるのですが、大きな違いは、提供価値は「挑戦、成長、幸福論」をはじめとする人生においてとても大切なものであるという前提である点です。

 

 

 

それでは、ここで僕がぜひ見てみたいと思う「挑戦、成長、幸福論」という要素を含んだストーリーコンテンツ例をいくつかご紹介させていただきます。試合の年代順にしています。

 

 

 

 

1:中井祐樹選手

1995年4月20日

VALE TUDO JAPAN OPEN 1995 

 

最軽量の71キロで出場。1回戦のジェラルド・ゴルドー戦で右眼を失明しながら勝ち上がり、決勝でヒクソン・グレイシーと戦います。このときの右眼失明で総合格闘技引退を余儀なくされましたがブラジリアン柔術家として復活しました。

当時はルールがかなり粗かったこともあり、体重100キロのゴルドー選手との対戦はまさに死闘です。結果的に失明してしまったのですが、中井選手は「私はあの闘いをまったく後悔していない」と言い、後に「あの時、自分が闘っていた相手は『世の中』だったような気がしています」と述べています。

2:橋本真也選手

2000年4月7日 

新日本プロレス

 

1997年4月に初戦が行われた橋本VS小川の第5戦。

「負けたら引退」と銘打たれた試合です。坊主頭にした橋本選手は水面蹴りからの奇襲を仕掛け、優勢に試合を進めますが、最後はSTO6連発で無念のKO負け。天を見つめる橋本選手と、実況の辻アナウンサーの「橋本、立ってくれ!!」という絶叫は全ての橋本ファンの悲痛なる叫びでした。

この試合はテレビ朝日系列で生中継され、視聴率は平均15.7%、瞬間最高視聴率は24%を超え、大きな反響を呼びました。

*映像はありません。

 

 

 

 

3:ホイス・グレイシー選手

2000年5月1日

PRIDE GP

 

UFC 1・UFC 2・UFC 4王者であり、グレイシー柔術という名を世界中に知らしめたホイス・グレイシー選手。

対戦相手は前年『PRIDE.8』でホイラー・グレイシー選手に完勝した桜庭和志選手。15分無制限ラウンド・レフェリーストップおよび判定無しで行われたこの試合は、90分に渡る死闘として語り継がれています。

桜庭選手の勝利の瞬間は、日本中が歓喜に湧きました(もちろん僕も)。

この試合前後のホイス選手の経験や思考をコンテンツとして制作いただきたいです。

4:坂本博之選手

2000年10月11日 

WBA世界ライト級タイトルマッチ

 

坂本選手にとっては4度目の世界挑戦、ラストチャンス。この年3月の世界戦ではKO奪取目前までいきながら寸前のところでベルトを逃がし、今回は何としても世界王座を掴みたい状況です。

また、スーパーフェザー級の防衛戦での痛烈なKO負け後すぐに引退表明した対戦相手の畑山選手。引退を撤回してライト級に復帰した理由、モチベーションは坂本戦だったとご本人が述べています。坂本博之と戦う事が、彼がもう一度リングに立つ理由でした。日本ボクシング史上屈指の名勝負と言われる事も多い一戦。

長くなりそうなので、例はあと1つにします。。

 

 

 

5:那須川天心選手

2018年12月31日

RIZINエキシビジョンマッチ

 

日本キックボクシング史上最高の天才という名をほしいままにする那須川選手が、エキシビジョンマッチでボクシング元5階級制覇のフロイド・メイウェザーJr選手と対戦します。ルールや階級差があれ、メイウェザー選手は引退していますし、那須川選手の一発が決まるのでないかと期待したファンも多かったのではないでしょうか。

結果は、エキシビジョンマッチらしからぬKO決着となり、試合後に那須川選手は号泣してしまいます。

蛇足ですが、1ラウンド2:13の那須川選手の視野映像、メイウェザー選手の視野映像は、双方のを見てみたいです。ここから流れが変わりました。

今、挙げさせていただいた選手・試合に関しては、1つ目の提案にありました「試合映像と選手視野角映像での選手解説」というコンテンツとは異なり、「その試合前後の選手の経験や心情の変化」というコンテンツとなります。

 

 

 

そして、「その試合前後の選手の経験や心情の変化」の中に、「挑戦、成長、幸福論」をはじめとする人生においてとても大切なものがあり、それを深く疑似体験することで自分自身にも何らかの良い効果をもたらしてくれることを期待しています。

 

それは、ビジネススクールのリーダーシップ論でネルソン・マンデラの人生から学びを得ようとする事と同じなのです。

 

 

 

1つの試合にこだわらずに、その選手自体の歴史をストーリー化しても良いのですが、いずれにしても、提供価値は「挑戦、成長、幸福論」をはじめとする人生においてとても大切なものを学ぶ事のできるものであるという前提を制作側がおくことが重要だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

蛇足ではありますが「その試合前後の選手の経験や心情の変化」というコンテンツで僕が見たい未来の試合が2つあります。

 

 

 

1つは立嶋篤史選手の次戦。1990年代にキック界のカリスマと呼ばれた選手で48歳の現在も現役です。直近の試合は2019年1月ですが、次の試合が決まったら前後を含めてコンテンツ化して欲しいなと思います。

2つ目は辰吉丈一郎選手の次戦。こちらも1990年代にボクシング界のカリスマと呼ばれていました。もうすぐ50歳ですが、現在も世界チャンピオンを目標に日々のトレーニングを続けています。

お二人とも、息子さんがそれぞれキックボクシング・ボクシングのプロ選手になっていますが、今なお現役を続けている姿勢からは、自分の価値観だけを誇りに生きている1人の人間としての在り方を学ぶことができるような気がしています。

この試合では、プロとしての技術もですが、むしろその生き様を見たいという気持ちが強くあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日のブログは、チャージックにはあまり関係ありませんが、今までで一番長くなってしまいました。

 

 

 

内容は格闘技の未来予想というよりはファン・観客としての僕の願望になってしまいましたね。

 

 

 

 

 

 

チャージックに関しても、そもそもは食の未来予想から生まれたものですが、実はただの僕の願望かもしれません。

(参考:ブログVol.01 食の価値変化)

 

 

 

 

 

 

VISION(実現する未来): 全ての人が自分らしい人生を楽しむことができる世界にする。

 

MISSION(実現に向けた使命): 人類の食糧問題を解決する。

 

 

 

 

 

 

 

願いはかなう。

 

 

 

 

 

 

 

願いはかなって欲しいですし、努力は報われて欲しいです。

 

 

 

 

自分の人生における自分というヒーロー(主人公)は最後には勝つというハッピーエンドを期待します。

 

 

 

 

ただ、格闘技の歴史にもあるように現実はそんなにうまくはいきません。

 

 

 

 

あらゆるものを犠牲にして、自身の全精力と全ての時間をかけて取り組んでも、結果として残酷なまでにボロボロになってしまう事もあります。

 

 

 

 

それは不思議なことでも運が悪いというようなことでもなく、「超リアル」な1つの事象であり、ただの結果に過ぎません。

 

 

 

 

なので、そのような結果が待っている可能性があるからといって、その歩みを止める理由には全くならないのです。

 

 

 

 

 

 

Stay safe.

 

 

 

 

 

 

「住居」の未来は、またの機会に「加速する時間(番外編)」として書こうと思います。

 

 

 

 

 

それでは、また!

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